この世は美しい。人の心は甘美である。

「いい子」は、人の事を悪く言わない。
こういう意味で言うと、私も「いい子」の一人である。

みんな誤解するが、私は思っていても積極的に口に出さないだけである。
素直に語り合う人々の方がよっぽど正直者であることを、誰も気が付いていない。
悪口や愚痴を他人に言わないのは、あらぬ誤解を受けて自分が悪く思われないためである。
またその後、仕返しなどに巻き込まれるのが面倒なだけ。

たいてい人見知りで、相手のことをよくよく知ってからでないと、自分のことを決して話さない。
知ってからも合わないと確信すると、いくら時間が経っても一度閉じた心は開かない。
話しかけられたらやっと、ちょっと話す程度。
でも悪く言われないのは存在感がなく、笑顔だからである。

私はこういう自分の行動を、自分が傷つくのが怖い小心者だと思ってきた。
自分によっぽど自信がなくて、嫌われるのが怖いのだと。
もしくは前世やトラウマが自分の行動を制限しているのかも、なんて思うこともある。

しかし、最近気が付いたことがある。
自分を守るためにしょうがない性質なのではないか、と。
ストレスに極端に弱い遺伝子。
人見知りは私のプロテクターなのかもしれない、と。

なぜそう思ったか、「白髪」からのお知らせである。
白髪を抜いてくれた姪が、髪の毛の一部だけ白いのが多くある、というのだ。
抜いてみると髪の毛の途中がなぜか2センチほど白くて、その後また黒く戻っている。
月を逆算してみると、ストレスの多くかかった時期に当てはまる。

意外とズケズケ言われてもそんなに気にしない自分には、最近の調査や試験で気が付いている。
自分は実は強いんだ、と思っていた矢先である。
やっぱり体はだませない。心はなんとか我慢でごまかせた気がしても。

結局今日も人目を気にして、心に溜め込んで、ゆがんだ笑顔を見せている。
そっちの方がまだ長生きできると本能で分かっているのだろう。

でも「いい子」は面白みがない。
一緒にいても何でも言えるわけじゃないから、相手が疲れると思う。
私は何を言ってくれても良いのだが、自分だけ悪口や愚痴を言うなんて相手は不公平な気分になるんだろう。
実際私も、あまりに悪口が多い子だと、心で敬遠してしまっている。

同じような性質を持つ人がたまにいる。
そういう人とは比較的短期間で分かり合える。
でも、心はつながっていても、お互いに誘い合うことは少ない。
お互いに言葉が少ないため、居心地は良いが盛り上がることはないからである。

いい子は雑に扱われないが、親しみやすくもならない。
大勢でいても孤独なら、一人でいるほうが良いと思ってしまう。
自分から気楽なお誘いを遠ざけている。
こういう人の多くは結婚も遅い。

お笑いには人見知りは多いようである。
しかもその人はシュールで、面白さに奥行きがあるように見える。
多く語らないだけなのに。
相方は大抵明るくて社交的な正反対のタイプを持つ。

いろいろな人がいるから世の中が成り立つんだろうなあ。
心が難しいというのは自分を通して感じるから、相手にも不信を勝手に感じてしまうんだろう。
世の中が美しすぎると、さらに自分の汚さに対する被害妄想が強くなる。

ああ、私にも何かしらの役割があると信じたい。







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